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病気の経緯を。

2014.02.22 13:14|日記
母の様子がなんだかおかしいと感じ始めたのが、10年くらい前。

家族にはわかりにくいことも加味してみれば、おそらくは12年は経っていたろう。

いろんな病院をめぐり、最終的にアルツハイマー病と診断されたのは7年前ってことだ。

簡単な問診だけで検討をつけ、脳のCTで確実にこの病気だと告げられた。

アルツハイマー病の進行を遅らせる薬を(アリセプト)処方されたが効果があると感じたことはない。


アリセプトだけでは収拾の付かない言動が表れ始めて、追加で処方されたのが向精神薬だった。

最初はリスパダール、つぎはジプレキサ、レスリン、セロクエルと続いた。

どんな薬か気になって、ぐぐってみると、、、鬱病や統合失調症の薬だと知り衝撃を受けた。

せっかく処方されたけど母の精神状態を良くしてくれる薬はなかったように思う。

問題行動は変わらなかったし、いつも不機嫌にしかめ顔だった。


下の世話の問題が出ると、もう家庭での介護は不可能になった。

そんな頃は次男くんが大学生で実家に居候して、実際の介護者は父一人だったから。

特養ホームに申し込んでいたが、順番待ちでいつになるのかわからない状態。

お金の問題じゃないねってことで、かかっていた病院に受け入れてもらった。

ここが一番高かった~~毎月かなりの額を支払っていた。介護ってお金よ!

ここには約1年半くらいだったかなぁ。。。有難いことに特養に入れることになったから。

特養ホームは安くて申し訳ないくらいだった。母の年金でお釣りが来るくらいだったから。


特養ホームで嚥下障害から呼吸が止まり、命は取り留めたものの胃ろうの身となり、特養ホームにはもどれなくなった。そう言う決まりだったから。

結局特養ホームへも1年半くらいだった。

その後は練馬区のS病院で3年を過ごし、この春にはK病院に転院となるわけ。。。


母がアルツハイマー病と診断されてから長野から毎月一度は実家である埼玉南部に通って、2年前には生活の拠点が埼玉南部となり、毎月長野へ通うことに。。


私ってこんなに親を見なくてはならなかった人だったのでしょうか、、

兄は母が入院してからは実家に毎月来るようになった。。。ズルいなあ。

母が在宅で向精神薬やら飲んでいる時なんかは二三ヶ月に一度くらいしか来なかったのにね。


実家にいた次男くんは祖父母の様子を見ながら家事を手伝ってくれた、、ありがたかった。

今でも次男くんには感謝している。




先日は母の誕生日だった、83歳の。。。

元気だった頃の母の思い出がどんどん無くなっていき、恨みがましい思い出ばかりが強くなる。


ご長寿バンザイって本気で思える人が羨ましい。




細かい感情やら書き出すとめちゃくちゃになる、だから書かないけど。。

母の誕生日に病気の経緯を思い出し、忘れないように書いておこうと思った。



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Comment

てふさんへ

そうだったのですか。
介護、、実家の両親の介護まで手を貸さなけれべならなくなるとは
考えても見なかった。夫の両親も看取りましたからねえ。
多分ですが、親が死んでも涙もでないでしょうねえ、、、

父には手がかからないんです。
自分のことはたいてい出来るんです。
ただ、、、ゆっくりすぎて、、
イライラとの戦いかなあ。。。

担当のケアマネさんにはうちの内情を包み隠さず話してあります。
ですから、こちらの要望に対しても理由まで理解してもらえてるので、
すべてがスムースに進むので助かっています。

ケアマネさんにはいつもねぎらいの言葉をかけてもらっています。
時に、涙が出るほどうれしい時もあります。
口だけの仕事だったとしても(それが仕事ですから)言葉は響きます。
口だけの仕事とは思っていませんし。

自信を持って介護者さんの力になって下さいm(_ _)m

記録するんだって、大変だ!

実は、介護保険施行以来ずっとケアマネしてます。
介護者さんとご本人と、沢山の沢山の人に出会ってきました。介護者さんには、頭が下がります。。。私、これだけ長くケアマネやってると、口だけの仕事が情けなく思ってます。なにが、専門職ですかねえ・。苦笑
介護は、子育てと違って、出口が見えない、終末は切ない。
複雑な思いを抱えて、お辛いと思います。ケアマネに吐き出すのも一つです。
優しいご主人とお子様に恵まれておられて…。
どうぞ、無理を重ねられませんよう・・。手抜きをいっぱいかんがえませう*^^*

pukurinさんへ

今から考えるとここまで頑張らなけりゃあよかったかなとも。。
私が長野から毎月来て3日間手伝うペースを続けていればよかったのかな。

兄夫婦にもっと負けせておけば。。。
う~ん、ダメだ。絶対ダメだ。。。

私が頑張るしかないなあ。
夫さんには感謝♪


それぞれの事情があるのですから、
親不孝だなんて思うことは無いと思う。
これから先まだまだ手を貸す場面が出ると思うし!
(チョット脅かしちゃおう)

きっしぃさんへ

余命3ヶ月と宣告される方がアルツハイマーになるよりも。。。
そう思っています。

来月、父は90歳になる。
本人は幸せそうだけど、いろんな人に助けてもらってるとは
思っていないようです。
もう、そこまで考えが回らないというか。。
こんな人じゃなかったんですけどね。

ぐりぐらさん、大変な日々を送ってこられたんですね
両親が気がかりながらも
親不孝の私には・・・読むと心が痛みます
次男君がいて本当に良かったですね
優しい子どもさんになられたのがわかる気がします
長野で1人頑張ってくれている夫さんも素敵な人だと想像しています

この間、テレビで

若年性アルツハイマーの特集を見ました
とても活動的で素敵な女性がアルツハイマーに侵されて・・・
今では表情も残っていませんでした
病気って怖いな~と思いました
親の介護は辛いね
私は父親1人なのに、ねをあげてます( p_q)
まったく情けないですね
父を見ていたら長生きが恐くて怖くてたまりません
子供に迷惑を掛けずにさっさと人生を終えたいと
いつもいつも思っています
父も病気なのだと自分に言い聞かせる今日この頃です

ちょみみさんへ

今もこうして父と私と次男くんの三人で暮らしてるけど、
次男くんには私ほどじゃないにしてもストレスは、、ね。
次男くんは看護、介護関係だけには就きたくないって♪
実態を知りすぎたし、、長野でも祖父母と一緒でしたから。

ここに次男くんがいなかったら、、
とっくに長野に逃げてると思う(=^・^=)


夏娘さんへ

進行の早いアルツハイマー病は凄いです。
ニコニコしてごまかしていた時期が過ぎたら、、、
後は坂道を転がるように人格が崩壊していった。

ただ、特養ホームに入った頃はかなり進行してて、
歩くのがやっとだったので。
本当に、あれよあれよと悪くなったの。

私が長野に帰ってる間父を預かってくれるだけで、
兄嫁さんには感謝している。
母の時の事は忘れることにしました。

女の子が進路を決める時、家族に病気の人がいたりすると、
看護師を目指したりする話を耳にすることあるよね。
環境って人の心を育てるものかも。

ぐりぐらさん、いい息子持って幸せだね(*^_^*)
母として最高じゃん!!
(次男君、魚の目、治った?(笑))

ぐりぐらさん お疲れ様です。

細かい感情書き出すとめちゃくちゃになる。

ごくワズカだと思いますが お察しします。
アリセプト早期診断でないと全く効果ないと言われていますね、母は早期診断だったので 進行緩やかなのかな・・・って感じですけど。
特養入れた事はラッキーだったと思います
特養は認知症嫌がりますから 特養の入所規約に他の入居者に迷惑行為する者は退所って文言が入っていると思います それ認知症で困った時も該当するんです。
記して良い事なのかと迷いつつ
お兄様の奥さんの影が・・・ (ごめんなさい)
全て ぐりぐらさんが 抱えてられる。

素敵な息子さんですね (^。^)y
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